幻のキネ旬ベスト・テン1位映画『限りなき前進』の主題歌のレコード
第十四回のキネマ旬報のベスト・テンのベスト・ワンに輝いた内田吐夢監督作品の日活映画『限りなき前進』は、1937年(昭和12年)に公開された映画であるが、この映画を現在観ようとしてもそう容易に観る事は出来ない。
まず、日活にネガが残されていないのと、ほぼ完全なプリントとは言い難い短縮版が国立映画アーカイブに残されているのみである。いま国立映画アーカイブの所蔵映画フィルムを検索してみると7010.06フィート、時間にして78分の上映用ポジフィルムが確認できる。
しかも、昨今ではこの作品が名画座で上映される頻度は極めて低い。ここで今更ではあるが、都内で35ミリフィルムで上映できる名画座、と言うより劇場は極めて少ないと言う状況を踏まえねばならない。
当時の人々が賛辞を贈った作品が容易に観れないと言うのは、「当時の人々の想い」を触れる事が出来ないのと同じなのでとても悲しむことではあるが、手段としては『限りなき前進』が上映される機会を逃さずに観るしかない。
「どんな映画でも観て見なきゃわからない」主義なのだが、もちろん「観る気になれなくて観てない映画」は膨大にあって、「観てない」事で人をあげつらう事は出来ないし、しないのでもあるが、お恥ずかしながら『限りなき前進』は「観たくても観れていない」映画なのである。
確か1年か2年前にヤフオクに『限りなき前進』のフィルムが出品されたことがあった。これは大事件と色めきだったのを記憶しているが、画像をよく見るとどうも「サウンド・トラック」が認められないようだと言うのだ。つまり音声ナシの無声映画であろうと。
当時、トーキー・システムは全国の主要映画館では整備されていたが、まだまだ高額かつ扱いの難しいトーキー・システムを導入していない場末や地方の映画館は存在していて、それらの映画館で上映するためにサウンド・トラックが付いていないプリントも存在したのではないかと言うのだ。(現実的にマツダ映画社の保存している他の作品のプリント、例えば同じ日活の『人生劇場』などには音声が無い代わりに無声映画特有の字幕が挿入されている)
ただし、わざわざサウンド・トラックが無いプリントを焼くことに意味があるのかとも思われるが、当時のトーキー作品は左側に光学式のサウンド・トラックが挿入され、画面部分はやや右寄りに4:3よりも正方形に近い1.19:1サイズであり、これを無声の映写機で再生するとサウンド・トラックも一緒に映写されてしまう事になる。(なので現代に於いて戦前の映画が4:3のテレビ上映される際は上下がトリミングされている場合もある)
結局、ヤフオクでの『限りなき前進』のプリントは破格値で僕の預かり知らない、少なくとも公開上映を目的としているとは思えない人物が落札したようだ(もしかしたら丁寧にテレシネして然るべき時に公開すべく機会を窺っているのかもしれないが)
そんな、「ほぼ幻の映画」であるが、キネマ旬報ベスト・テン1位に輝いた映画であっても主題歌のレコードとなると極めて少ないレコードである。
その話をする前に、1935年(昭和10年)~1940年(昭和15年)キネマ旬報ベスト・テンの作品でレコードがヒットした物を考察して見なければ検証とならない。独断と偏見でそこそこから大ヒットしたと思われる主題歌が挿入されている映画は、1935年度で『春琴抄 お琴と佐助』『雪之丞変化』、1936年度は『人生劇場 青春篇(ポリドールより東海林太郎によってレコード化)、1937年・1938年・1939年度は該当なし、1940年度は『燃ゆる大空』となる。1939年の『残菊物語』は東海林太郎のレコードが残されているが、これは映画からインスピレートされたスピンオフ作品であり主題歌とは言えない(後の高田浩吉・田中絹代『十日間の人生』のレコードもスピンオフ作品である)
こう俯瞰したとき、ベスト・テン作品でひとり『限りなき前進』の主題歌だけが売れていないと考えるのは早計であり、ベスト・テンにランク・インしなかったより大衆的な作品に映画主題歌のヒット曲が多いと考えねばならない。
むしろ、この頃既に大衆的な作品以外には主題歌が付かない作品も多く、『限りなき前進』には幸運にも主題歌が企画されたと考えるべきであるかもしれない。
もっとも、これはメインの出演者の中に宝塚少女歌劇から映画界へ転身したスター女優「轟夕起子(1917-1967)」が居ると言う事が大きいだろう。現実に主題歌のレコード『哀しき青空』は、当時のポリドール看板歌手・東海林太郎を差し置いて「A面」扱いとなっている。
流行歌 日活映画『限りなき前進』より
『哀しき青空』 サトウ・ハチロー作詞 長津義司作曲 山田栄一編曲
轟夕起子 日本ポリドール管絃楽団
レーベル:ポリドール 番号:2512
今回、この主題歌『哀しき青空』は、2018年(平成30年)12月29日発売のぐらもくらぶCD『ザッツ・ニッポン・キネマソング』に収録した。
なお、このレコードは熱心な東海林太郎愛好家としては隠れた秘曲『昔の空』(同じく『限りなき前進』の主題歌で、サトウ・ハチロー作詞、山田栄一作曲)のレコードのカップリングとして知られている訳ですがこちらは2017年(平成29年)に、ぐらもくらぶより『歌へ若人 東海林太郎 1934-1948』に収録してあるわけで、めでたく両面を聴くことができるようになったわけである。
果たして『限りなき前進』の完全なプリントを観る機会は訪れるのでしょうか、是非見て見たい映画であります。
「忠犬ハチ公の鳴き声」のレコード
僕の所有しているレコードで最も露出と言うか出動と言うか、テレビ番組の素材に使われたレコードは何かと言うと、これはもうダントツで「忠犬ハチ公の鳴き声」のレコードでしょう。もちろんこれは通称ですが。
折角ですので2019年3月現在までに、この「忠犬ハチ公の鳴き声」レコードが登場した情報を記しておきましょう。
2009年(平成21年)8月6日 フジテレビ『めざましテレビ』
2011年(平成23年)4月21日 テレビ朝日『やじうまテレビ』
2013年(平成25年)4月27日 TBSテレビ『世界ふしぎ発見!』
と、4回の登場だったけです。
この中で一番反響がすごかったのは『世界ふしぎ発見!』でしょうかね。もちろん他の朝の情報番組も反響はすごかったですが、世界ふしぎ発見!の場合は春香クリスティーンさんとのシーンを「観ました」と言う率が尋常ではありませんでしたよ。
確か、一番最初の『めざましテレビ』はレコードのみの露出で、他は僕自身の露出ありだったはずです。
こう時系列で見るといろいろ気づくかと思いますが、まず4月21日前後が多いと言う事。これは「忠犬ハチ公の銅像が設置された日」が1934年(昭和9年)4月21日だからであります。8月6日はどうも記憶があいまいで、うんうんと唸りながら調べていたら判りました。リチャード・ギア主演のアメリカ映画『HACHI 約束の犬』の公開が2009年8月8日で、それに関連してお呼びがかかったのでした。
さて、その通称「忠犬ハチ公の鳴き声」のレコードと言うのはこのレコードです。
『純情美談 忠犬ハチ公』 岸一夫 童謡・国松操 伴奏・キクスイトリオ
レーベル:キクスイ 番号:K-101
このレコードは忠犬ハチ公存命中に制作された物と思われ、訓話と童謡によってハチ公のエピソードが綴られた後に岸一夫によって「それではハチ公の本当の声をお聴きください」と紹介されている。
キクスイレコードと言うレーベルはこれ以外に例を見た事が無く、番号も「K-101」とファーストである事から、おそらく第三者による出資で作られたノベルティ性が強いレコードだと思います。
当時こう言ったハチ公にあやかったグッズなどが横行していたと言う事なので、その一種と思われますが、これは先年ぐらもくらぶより発売した『へたジャズ!』でも触れたテーマである「夜店レコード」として売られたのではないかと考えられます。
このレコードで最も重要なポイントは「本当にハチ公の鳴き声なのか」と言う点。「証拠を出せ」と言われたら「タイムマシンで吹き込んでいる所を確認しないと無理」と言うしかないのですが、僕なりの検証では「本物である」と結論づけております。
これは、鳴き声が苦しそうであること。つまりハチ公の実際の死因となった「寄生虫のフィラリアに冒された犬」による鳴き声に似ていると言う事。そして、微かではありますがアルマイト盤からのダビングによるノイズがあると言う事。恐らく渋谷駅頭で一晩中録音機を廻して世紀の瞬間を狙ったのではないかと想像します。
ハチ公は没する前から新聞などのメディアを経て人気となり、その人気から紆余曲折あり存命中から銅像が建てられると言う極めて珍しい事となりました。その紆余曲折の仇花がこの「ハチ公の鳴き声のレコード」となるわけです。
この、ハチ公の存命中に銅像が設置された状況は昭和9年11月公開のP.C.L映画『あるぷす大将』にやや滑稽なシーンとして記録されています。もう25年以上前の日本テレビ『知ってるつもり?!』でもこのレコードと共に紹介されました。
とにかく、この当時の忠犬ハチ公熱は大変な物で、レコードだけでも以下の物があります。
『教訓物語 忠犬ハチ公』 水野草庵子作・主題歌(童謡)佐々木すぐる作曲・稲葉與四郎編曲
解説:谷天郎 唄及台詞:大川澄子・福田信子・佐々木行綱・塚田愛子・外数名 コロムビアオーケストラ伴奏
レーベル:コロムビア 番号:27834
ニットー児童劇団 伴奏:ニットー管絃楽団
レーベル:ニットー(タイヘイ) 番号:S1991
(ニットー原盤のタイヘイ再プレスの可能性あり)
『童謡 忠犬ハチ公』 天笠治朗作詞・清原健介作曲
吉沢園子 オーゴンアンサンブル
レーベル:オーゴン 番号:A5006
ざっと、これだけのレコードを確認しましたが、他にもまだあるようでコンプリートとは言い難いですね。しかし、どれも子供向けとして企画され販売されたもので、それも昭和10年前後に集中しています。
この中でもやはり出色なのは「忠犬ハチ公の鳴き声」のレコードでしょうね。発売当時はひと山あてるつもりだったのかもしれませんが、経緯はともあれ、よくぞハチ公の鳴き声を収録してくれたと、名もない夜店レコードの制作者に感謝したいですね。
(ここまで書いて忠犬ハチ公の命日が3月8日だと気付きました。うーん、もう2日早く投稿すべきでした)
『新・レコード狂の詩』甦生ですよ!
とりあえずレコードに関するあれこれの記事はこちらに投稿することにしましたよ。スマホからでもどんどん投稿したいと思いますよ。